背景・経緯

葉山莞児さんは日本土木工業協会(土工協、現日本建設業連合会)の会長で、大成建設社長・会長を務めた。葉山さんは終戦で満州から引き揚げ、神奈川県で育った。1960年3月東大工学部土木工学科卒業後、同年4月大成建設入社。入社から20年間は現場一筋だった。所長になり、兼務した現場を合わせると20余りの現場に従事した。87年取締役、97年代表取締役副社長を経て、2001年に代表取締役社長に就任。同時に「新経営計画」をスタートさせ、グループの経営体質強化にも取り組んだ。07年から代表取締役会長などを務めた。

葉山さんの業界活動での最大の功績は、主導した「旧来のしきたりからの訣別」いわゆる脱談合と、「土木4団体統合」と言える。1899(明治32)年設立の日本土木組合を源流とする日本土木工業協会が、葉山会長在任時に土木関係3団体(日本鉄道建設業協会、日本電力建設業協会、日本海洋開発建設協会)の統合をけん引、これが2011年4月の日本建設業団体連合会、建築業協会を含めた3団体の合併、新生「日本建設業連合会」誕生につながった。

詳細は建設通信新聞(新しいタブで開きます)で報じられている。

詳細・ポイント

葉山さんの業界活動での最大の功績は、主導した「旧来のしきたりからの訣別」いわゆる脱談合と、「土木4団体統合」と言える。葉山さんは自ら望んで土木営業の最前線に身を投じた。土木営業の最前線を「(江戸時代、陰で幕政を支えた)お庭番」と例えたが、葉山体制の土工協が打ち出した談合訣別宣言と制度改革提言は業界構造を180度変えた。例えば、非公式に技術協力を行う公共工事での「事前協力」や「混合入札」である。あいまいなグレーの事前協力をやめたことで、現在は合法的な事実上の事前協力方式である入札方式が大規模工事で一般的になりつつある。また、JVだけでなく単体での応札も認める混合入札が土工協の提言以降、広がった。

葉山さんは脱談合の“その後”をずっと気にかけていた。16年夏、筆者の携帯電話に着信があり、「葉山です。変わりないかい」と、聞き慣れた声。近況報告を交わした後、「あれ(脱談合)から10年だね。早いねぇ。会えないかい」。日を改めて会った際、脱談合の経緯や当時のエピソードなどを残したいと提案があり、本人が笑いながら「遺言だよ」という記録が始まった。

業界への波及効果

葉山さんの逝去は建設業界に大きな波及効果をもたらす。建設業界は公共工事の受発注システムが確実に改善されてきたことを誇りを持って心に刻んでいくつもりである。葉山さんの業界活動に対するご功績に深く敬意を表すると共に、心からご冥福をお祈り申し上げます。

葉山さんの逝去は建設業界の発展に多大な貢献をされた。建設業界は葉山さんのご功績を忘れずに、さらに発展していくことが必要である。

実務者のアクション

建設業界の実務者は葉山さんのご功績を忘れずに、さらに発展していくことが必要である。実務者は以下のアクションを取るべきである。

* 建設業界の発展に貢献した葉山さんのご功績を忘れずに、さらに発展していくことを目指す

* 公共工事の受発注システムの改善を続ける

* 混合入札の広がりを促進する