背景・経緯
2025年5月14日、労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律が公布された(令和7年法律第33号)。柱のひとつが、労働者以外の者、すなわち一人親方や法人の代表者・役員として現場で働く人たちを、労災防止の枠組みに取り込むことにある。厚生労働省は同日付の基発0514第1号で主な内容を通達し、その後の政省令で詳細を固めてきた。
この改正が必要とされた理由は単純だ。労働安全衛生法は「労働者」を対象に組み立てられており、請負で働く一人親方には、事業者としての責任は問われても、労働者としての保護は及ばない。同じ場所で、同じように危険な作業をしながら、片方には安全装置の確認義務があり、片方にはない。この谷間を埋めるのが今回の改正で、2026年から2027年にかけて段階的に施行される。
建設現場の実務に効くのは2027年の2つだ。2027年1月1日に、個人事業者等の死傷病報告が始まる。2027年4月1日に、混在作業を行う場所の管理者に対する作業間の連絡調整の義務、新設の法第30条の4が動き出す。前者は厚生労働省令第120号と基発0624第5号、後者は政令と省令の整備を経て、基発0526第1号で具体化された。
順番に注意したい。報告制度が先に始まり、連絡調整の義務が3か月遅れて来る。年度の切り替えで契約を更新する前に、両方を見ておく必要がある。
詳細・ポイント
① 2027年1月1日——一人親方の災害が、監督署に届く
労働安全衛生規則に第98条の2から第98条の6までが新設され、個人事業者等の業務上災害の報告制度が入る。対象になるのは、個人事業者に仕事を請け負わせた注文者で、かつ同一の場所で自ら仕事を行う者、つまり「特定注文者」だ。数次下請があって同じ場所に注文者が2人以上いる場合は、最も後次の請負契約の注文者が特定注文者になる。
報告が要るのは、特定注文者から仕事を請け負った個人事業者(法人なら代表者または役員)である作業従事者が、労働者と同一の場所で作業中に、業務に起因する負傷や疾病で死亡し、または4日以上休業したとき。把握した時点で、遅滞なく電子申請で所轄の労働基準監督署長に報告する。当分の間は書面による報告も認められている。
特定注文者がいない場合は、事業を行う者であって作業を行う場所を管理する者、すなわち「災害発生場所管理事業者等」が報告主体になる。ただし4段階の特定手順を踏んでも報告主体がいない場合、たとえば個人宅で荷の運搬を請け負った一人親方が、別の業者の労働者と混在して作業中に被災し、その個人がその場で仕事をしていない場合は、報告義務は生じない。この切り分けは基発0624第5号の第2の1(5)に具体例つきで書かれている。
報告主体になることは、災害防止の責任を負うことではない。通達は、報告主体を「作業の状況や作業環境を把握し得る立場にある者」として選んだうえで、両者に直接の関係はないと明記し、だからこそ罰則を伴わない義務規定にしたと説明している。ここは現場で誤解されやすい。安全管理の責任の所在は、あくまで元方事業者や注文者の既存の義務で判断する。
個人事業者側にも義務がある。被災した本人は、特定注文者や災害発生場所管理事業者等に対して、把握している範囲の事項を遅滞なく報告しなければならない(98条の3、98条の4)。そして報告を理由に、取引の停止や立入り禁止、契約の解除、過度な監視や嫌がらせといった不利益な取扱いをしてはならない。不利益取扱いの禁止にも罰則はないが、通達は行為の時期・内容・経緯から個別に判断するとしている。
過重な負荷による脳・心臓疾患や、強い心理的負荷による精神障害(自殺を含む)は、本人が任意に報告できる仕組みになった(98条の5)。原因の特定が難しいため義務にはしていない。中小規模事業者、つまり労災保険法施行規則第46条の16に定める数以下の労働者を使用する事業者は、自社の代表者・役員が被災した場合の報告義務を負う(98条の6)。
② 2027年4月1日——混在作業の調整役が、場所の管理者になる
新設の法第30条の4は、3つの要件が揃ったときに発動する。ひとつめが「作業場所管理事業者」がいること。仕事を自ら行う事業者であって、その仕事を行う場所を管理する者がこれにあたる。管理権原が判断の軸で、テナントとして入っているだけの事業者ではない。ふたつめが、その場所で請負関係にある事業者の作業従事者が作業すること。みっつめが、いずれかの作業が「危険性又は有害性等を勘案して厚生労働省令で定める業務」に該当すること。
対象業務は安衛則第643条の10に列挙された。就業制限に係る業務、特別教育を必要とする業務、作業主任者を選任すべき作業、作業指揮者を定める必要がある作業、貨物自動車を用いた荷の搬入・搬出の業務、法令に基づき定期に実施する検査・補修等の業務の6類型だ。荷の搬入出が入ったことの意味は大きい。建設現場に資材を運び込むトラックの運転者、物流倉庫で荷を降ろす一人親方が、この枠組みの対象業務侧に入ってくる。
措置の中身は「作業間の連絡及び調整を行うことに関する措置その他必要な措置」で、方法は会議、書面、電子的手段その他適切な方法とされている。定例の工程会議や朝礼だけで足りるとは限らない。作業の内容が変わるとき、新しい業者が入るとき、動線や揚重の方法を変えるとき、ヒヤリハットが出たときの「随時」の連絡が求められる。
適用除外もある。その場所で一つの仕事しか行われず、その仕事に係る全ての作業従事者に対して法第30条第1項または第30条の2第1項の措置が講じられる場合は、30条の4は適用しない。もともと元方事業者の義務で足りている場面を、二重に義務づけない趣旨だ。
ここで建設業の実務を整理しておく。建設工事では従来どおり法第30条の元方事業者の義務が基本になる。30条の4が新たに効くのは、元方事業者がいない、あるいは請負関係が建設工事の外に広がる場所だ。商業施設のバックヤード、物流倉庫、工場の構内、卸売市場、病院や学校の施設管理。自社ビルで設備保守や清掃を請負で入れている発注者も無関係ではない。
③ 一人親方自身に及ぶ義務と、その範囲
改正は30条の4だけではない。個人事業者に対しても、いくつかの規定が準用される。
持込機械等について、労働者に準じた義務が生じる(法42条3項)。持っている機械の構造規格と安全装置を確認し、リースや貸与で受けた機械は、管理権原を持つ者が講じた措置を確認したうえで使う。安全装置を外して使う場合は、その事業者の許可を受けて、労働災害を防止するための措置を講じる。
機械等の定期自主検査は、個人事業者も実施し、記録しなければならない(45条2項)。記録の保存については罰則を伴わない扱いで、労働者に課している義務とまったく同じ重さではない。とはいえ、事故のあとに検査記録の有無が争点になる構造は労働者と同じだ。
特別教育は受講義務になる(59条4項)。ここが実務で一番揉めやすい。安衛則第37条第2項により、免許を受けた者、技能講習を修了した者など、十分な知識と技能を有すると認められる場合は、科目の全部または一部を省略できる。労働者として過去に受講している場合も同じ扱いになる。問題は、一人親方がその証明を持っていないことが多い点だ。特別教育の修了証の写しは、契約時に確認して保管しておきたい。
義務を負う「作業従事役員等」の範囲は、省令で定める数以下の労働者を使用する事業者の代表者・役員、または個人事業者と定義される。その数は労災保険法施行規則第46条の16、つまり労災保険の特別加入の対象になる中小事業主と同じ規模だ。金融・保険・不動産・小売が50人以下、卸売・サービスが100人以下、それ以外が300人以下。建設業は「それ以外」に入るので、300人以下が該当する。中小の建設会社の社長が現場に立つ場合、社長自身がこの義務の対象になる。
④ 発注者と元請に残る配慮義務
発注者や元請には、法第3条第3項の配慮義務がある。注文する仕事が安全に実施されるよう、必要な措置を講じる立場だ。今回の改正で具体的に問われるのは費用の扱いになる。定期自主検査にも特別教育にも費用がかかる。これを一人親方の報酬から出すのか、安全衛生経費として別建てで按分するのか。契約書に書いていなければ、現場ごとに押し問答になる。
通達には運用のヒントもある。元方事業者は、関係請負人である特定注文者が災害発生の事実を把握していない場合や、被災者が報告を怠っている場合、法第29条に基づいて必要な指導を行うことが求められる。災害発生場所管理事業者は、入場者に対して災害時の連絡先と対応手順を事前に通知し、または見やすい場所に掲示しておくことが望ましいとされている。現場の入場者名簿と連絡網を整える作業が、そのまま制度対応になる。
2027年4月までにやる4項目
1. 自社が「作業場所管理事業者」になる場所を洗い出す。建設現場の元請としてではなく、自社が場所を持ち、そこで複数の請負業者が作業する場面を探す。本社ビルの設備保守、倉庫の荷役、工場の構内作業、駐車場の管理。ここが見落としやすい。
2. 請負関係の線引きを契約書で確認する。30条の4は請負関係にある作業従事者が対象で、委任や派遣は条文の対象外になる。資材搬入、警備、清掃、設備メンテナンスが請負なのか派遣なのかで、義務の有無が変わる。請負でない混在作業でも安衛則第643条の12の連絡調整はかかるので、どちらにせよ調整の仕組みは要る。
3. 対象業務を現場ごとにリスト化する。安衛則643条の10の6類型のうち、その現場で実際に行われる作業を書き出す。フォークリフト、玉掛け、足場の組立て、荷の搬入出、法定点検。リストがあれば、誰と誰の間で何を調整するかが決まる。
4. 連絡調整の記録を残す。会議の議事録、作業指示書、メールやチャットのやり取りでも構わない。方法は限定されていないが、講じたことの証明は要る。日付、参加者、決めたこと、次回の確認日。この4つが入っていれば、形式は問われない。
つまずきやすい5点
報告主体と安全責任を混同する。報告主体になったからといって、災害防止責任を負うわけではない。通達が明記している。逆に、報告義務がないから安全対策が不要ということもない。責任の所在は元方事業者と注文者の既存の義務で判断する。
「一の場所」を図面の区画で切る。判断は物理的な範囲ではなく、作業が相互に影響するかどうかだ。搬出入の動線、揚重の範囲、資材置場の共用。区画が分かれていても、クレーンの旋回範囲が重なれば一の場所になる。
作業場所管理事業者と災害発生場所管理事業者等を同じものとして扱う。通達は、両者は必ずしも一致しないと書いている。大規模商業施設のバックヤードの管理を物流事業者に委託している場合、報告制度ではその物流事業者が災害発生場所管理事業者等になるが、30条の4では施設全体を管理する事業者を作業場所管理事業者と捉える場合がある。報告の窓口と調整の窓口は別だと考えておく。
特別教育の受講歴を本人任せにする。一人親方は修了証を紛失していることも多く、過去に労働者として受講した記録も手元にないことがある。入場時ではなく契約時に確認し、足りない科目をどう埋めるか決める。費用負担もここで決まる。
4月1日だけを見て1月1日を落とす。報告制度のほうが3か月早い。しかも報告主体は注文者側で、現場の入場者名簿と連絡先が機能していないと、把握すべき災害を把握できない。年度末の契約更新の前に、名簿と連絡手順を整えておきたい。
まとめ
2027年1月1日から、一人親方や法人の代表者・役員が労働者と同一の場所で被災したときは、特定注文者または災害発生場所管理事業者が労働基準監督署に報告する。4月1日からは、混在作業が行われる場所を管理する事業者に、作業間の連絡調整その他の措置が義務づけられる。対象業務は安衛則第643条の10の6類型で、荷の搬入出が入ったことで、運送や荷役の一人親方も枠内に入る。個人事業者自身にも、持込機械の確認、定期自主検査、特別教育の義務が及ぶ。
やることは契約と名簿の整備に集約される。請負関係の線引き、対象業務のリスト、連絡調整の記録、災害時の連絡先と費用の扱い。新しい様式を作る話ではなく、いま現場で回している仕組みに、一人親方を明示的に組み込む作業だ。
安全衛生の計画づくりは、すでに安全衛生計画書の書き方とCOHSMSによる自主管理で整理している。請負契約の条件と責任範囲は標準請負契約約款のリスクが参考になる。2027年に効く他の制度変更は建設業の法改正・制度 施行日カレンダーで追っている。